筑波大学附属久里浜特別支援学校 Special Needs Education School for Children with Autism,University of Tsukuba

2月21日 指差しコミュニケーションを極める

2月21日 指差しコミュニケーションを極める

 1年生のS君が登校し、いつもより早く靴を履き替えた。私が「S君おはよう」と言うと、コクリと頭を下げて応じた。いつもは、何か気になることにまっすぐ向かい、私の挨拶など耳に入らないという感じて通りすぎようとするのだが、今日は反応がいい。

 挨拶を終えると隣にいた担任のF先生に、自分の腰につけている50音表で「し・や・し・ん」と指差した。彼の視線の先には、教室前に貼られた教室だよりがある。S君は続けて「か・め・ら・と・る」と50音表を指差した。F先生はすぐに了解した。「昨日、校外学習に行って、F先生が写真とったんだよね。」と応じる。S君は我が意を得たりと深く頷く。私との挨拶への応じ方とは明らかに違う。

 次にS君は、廊下の少し先の方を見た。誰かの声を聞いたようだ。そして50音表をF先生に向け「せ・ん・せ・い」と指差した。次に、F先生をもう一度見て「お・ん・な・せ・ん・せ・い」と綴った。F先生は女性教員であり、廊下の先にいた教員は男性教員であった。

 このやりとりを、後ろでお母さんが微笑みながら見守っていた。お母さんは、今日、PTAの活動があるらしい。私が、「こんなにもはっきり気持ちを伝えられるようになったんですね。素晴らしいですね。」と言うと、お母さんは笑顔で、「学校や家でのやりとりもありますが、タブレットPCの影響も大きいと思います」と話された。教員や親御さんのほかにも頼もしい先生がいたようである。

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 S君たちが玄関を去ったあと、この様子をK先生に話すと、K先生もS君の指差し言葉に驚いたそうである。K先生が音楽の授業で1年生に入ったときのこと、S君が近付いてきて「K・せ・ん・せ・い・ぴ・あ・の・ひ・く。F・せ・ん・せ・い・ひ・か・な・い」と指差したとのことである。三語文を綴れることに大変驚いたようである。お母さんは、質問にも応えられるようになったんですよと喜んでいた。Sくんの指差し言葉は、コミュニケーションの役割を立派に果たしているようである。

 S君は、3歳で幼稚部に入学してきた。3歳の子供は、体に比べ頭が大きいものであるが、S君は頭の大きさもさることながら、くりくりした目が印象的な子供だった。興味をもったものをじっと見て、しばらく動かない、そうしたこともあり、大きくパッチリした目が印象に残っている。「要求のための指差し」は入学当初からあったようだが、しばらくして活発に「叙述のための指差し」するようになった。自分の興味あるものを積極的に周囲に示し始めた。周囲のものを大人と共有したくて指差しをするのである。当然、大人は「あれは、○○だね」と言葉を添える。S君が、状況の変化を指差せば「○○したのが面白かったんだ」と起こったことの意味を添える。そんなやりとりが続いてきた。S君は、大きな声を出しながら、僕の言うことに注目してくれと相手を指差し、そして自分の伝えたい対象を指さす。教員が話すことが当たっていれば納得の笑顔を返すが、自分の意思と違えば、首を横に振り言い直しをせまる。教員は何度も推量を繰り返すことになる。ときには、かんたんなジェスチャーが入ることもある。友達が泣いていることを教えるのに、友達を指差し、自分の手を目の当たりにもっていって教えることもあった。絵本を読んでもらうときも、読んでいる教師に、あれこれ指差しながら話させている。S君が指示したものを教員が読んでいる。S君主体の絵本読みになっていた。

 幼稚部の終わり頃から、絵本で目にした文字や生活の中で目にする文字をしきりに読ませるようになった。個別に行う勉強や家庭でも文字を教えたり、文字片を構成させたりすることはあったようである。しかし、これほどまでに我がものとして指差し言葉を使うS君をみていると、まさに学びの主体が彼であったことを強く認識せざるを得ない。

 S君は、これからも指差し言葉が豊かになっていくだろう。どんなことを綴ってくれるか楽しみでならない。そして、指差し言葉が豊かになるにつれ、発声にも変化が見られるとF先生が教えてくれた。こちらも楽しみである。